風立ちぬ(堀辰雄)

風立ちぬ-第01話

 そんな日の或る午後、(それはもう秋近い日だった)私達はお前の描きかけの絵を画架に立てかけたまま、その白樺の木蔭に寝そべって果物を齧じっていた。
砂のような雲が空をさらさらと流れていた。そのとき不意に、何処からともなく風が立った。
私達の頭の上では、木の葉の間からちらっと覗いている藍色が伸びたり縮んだりした。
それと殆んど同時に、草むらの中に何かがばったりと倒れる物音を私達は耳にした。それは私達がそこに置きっぱなしにしてあった絵が、画架と共に、倒れた音らしかった。
すぐ立ち上って行こうとするお前を、私は、いまの一瞬の何物をも失うまいとするかのように無理に引き留めて、私のそばから離さないでいた。
「風立ちぬ」(堀辰雄)第1話より

風立ちぬ-第10話

「どうして、私、この頃こんなに気が弱くなったのかしら? こないだうちは、どんなに病気のひどいときだって何んとも思わなかった癖に……」と、ごく低い声で、独り言でも言うように口ごもった。
沈黙がそんな言葉を気づかわしげに引きのばしていた。
そのうち彼女が急に顔を上げて、私をじっと見つめたかと思うと、それを再び伏せながら、いくらか上ずったような中音で言った。「私、なんだか急に生きたくなったのね……」
それから彼女は聞えるか聞えない位の小声で言い足した。
「あなたのお蔭で……」
「風立ちぬ」(堀辰雄)第10話より

風立ちぬ-第40話

 私達は沈黙に落ちた。
その上空を渡り鳥の群れらしいのが音もなくすうっと横切って行く、その並み重った山々を眺めながら、私達はそんな最初の日々のような慕わしい気持で、肩を押しつけ合ったまま、佇んでいた。
そうして私達の影がだんだん長くなりながら草の上を這うがままにさせていた。
「風立ちぬ」(堀辰雄)第40話より

風立ちぬ-第43話

 そんなことを私は何か落着かない気持で考えながら、明りを消して、もう寝入っている病人の側を通り抜けようとして、ふと立ち止まって暗がりの中にそれだけがほの白く浮いている彼女の寝顔をじっと見守った。
その少し落ち窪んだ目のまわりがときどきぴくぴくと痙攣れるようだったが、私にはそれが何物かに脅かされてでもいるように見えてならなかった。
私自身の云いようもない不安がそれを唯そんな風に感じさせるに過ぎないであろうか?
「風立ちぬ」(堀辰雄)第43話より

風立ちぬ-第51話

 高いほどな額、もう静かな光さえ見せている目、引きしまった口もと、――何一ついつもと少しも変っていず、いつもよりかもっともっと犯し難いように私には思われた。
……そうして私は何んでもないのにそんなに怯え切っている私自身を反って子供のように感ぜずにはいられなかった。
私はそれから急に力が抜けてしまったようになって、がっくりと膝を突いて、ベッドの縁に顔を埋めた。
そうしてそのままいつまでもぴったりとそれに顔を押しつけていた。病人の手が私の髪の毛を軽く撫でているのを感じ出しながら……
「風立ちぬ」(堀辰雄)第51話より

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All the World hopes the best to Japan!!

Dont give up, Japan!2

All the World hopes the best to Japan!!

ちょっとブログさぼりすぎてたし震災もあってあまり更新する気になれませんでしたけどまた再開します(`・ω・´)

幸い家族や親類等は無事ですが、東北地方の友人やお客さんは相当の苦労を強いられています。

海外の方からもネットを通してたくさん応援のメッセージをもらいました。
ほんとに感謝です。
タイトルはそれらの中の言葉から選びました。

なかなか写真を撮る気分でもなかったのでここんとこはあまり撮ってませんでしたが、ぼちぼちとまた写真を撮ってアップしていこうと思います。

何もできないはがゆい思いをしてますが、写真やデザインに携わっているのでそれらを通して微力ながらこつこつ活動していけたらと思ってます。

というわけで、東北(及び日本)を応援するステッカーをなんとなく作ってみました。
その売り上げを(金額はまだ未定ですが)義援金にする予定です。
イギリスの新聞紙面に大きく掲載されたイメージから発想を得て作ってみました( ^ω^)
トイカメラの「Sprocket Rocket」風の、パーフォレーション穴まで写るフィルムっぽいっデザインです。
いちおうフォトグラファーらしさもちょっと表してみました。

反響があったら数を増やしていくつもりです。

とりあえず車に貼ります( ̄‥ ̄)

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銀河鉄道の夜

銀河鉄道の夜-第41話
ああそのときでした。
見えない天の川のずうっと川下に青や橙や、もうあらゆる光でちりばめられた十字架が、
まるで一本の木というふうに川の中から立ってかがやき、
その上には青じろい雲がまるい環になって後光のようにかかっているのでした。
汽車の中がまるでざわざわしました。
みんなあの北の十字のときのようにまっすぐに立ってお祈りをはじめました。
「銀河鉄道の夜」(宮沢賢治)第41話より

銀河鉄道の夜-第39話
ああ、わたしはいままで、いくつのものの命をとったかわからない、
そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん命にげた。
それでもとうとうこんなになってしまった。
ああなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだを、
だまっていたちにくれてやらなかったろう。
そしたらいたちも一日生きのびたろうに。
どうか神さま。私の心をごらんください。
こんなにむなしく命をすてず、どうかこの次には、
まことのみんなの幸のために私のからだをおつかいください。
「銀河鉄道の夜」(宮沢賢治)第39話より


銀河鉄道の夜-第04話
その人はしばらく棚をさがしてから、「これだけ拾って行けるかね」
と言いながら、一枚の紙切れを渡しました。
ジョバンニはその人の卓子の足もとから一つの小さな平たい函をとりだして向こうの電燈のたくさんついた、
たてかけてある壁の隅の所へしゃがみ込むと、
小さなピンセットでまるで粟粒ぐらいの活字を次から次へと拾いはじめました。
「銀河鉄道の夜」(宮沢賢治)第4話より


銀河鉄道の夜-第42話
そして見ているとみんなはつつましく列を組んで、
あの十字架の前の天の川のなぎさにひざまずいていました。
そしてその見えない天の川の水をわたって、
ひとりのこうごうしい白いきものの人が手をのばしてこっちへ来るのを二人は見ました。
「銀河鉄道の夜」(宮沢賢治)第42話より


銀河鉄道の夜-第49話
ジョバンニはもういろいろなことで胸がいっぱいで、
なんにも言えずに博士の前をはなれて、早くお母さんに牛乳を持って行って、
お父さんの帰ることを知らせようと思うと、
もういちもくさんに河原を街の方へ走りました。
「銀河鉄道の夜」(宮沢賢治)第49話より

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銀河鉄道の夜

銀河鉄道の夜-第15話

見ると、もうじつに、金剛石や草の露やあらゆる立派さをあつめたような、
きらびやかな銀河の河床の上を、水は声もなくかたちもなく流れ、
その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射した一つの島が見えるのでした。
その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、
白い十字架がたって、それはもう、凍った北極の雲で鋳たといったらいいか、
すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。
「銀河鉄道の夜」(宮沢賢治)第15話より抜粋


銀河鉄道の夜-第19話

「ここへかけてもようございますか」
がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞こえました。
それは、茶いろの少しぼろぼろの外套着て、
白い巾でつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛けた、
赤髯のせなかのかがんだ人でした。
「銀河鉄道の夜」(宮沢賢治)第19話より抜粋


銀河鉄道の夜-第13話

そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、
ときどき眼のかげんか、ちらちら紫いろのこまかな波をたてたり、
虹のようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、
野原にはあっちにもこっちにも、燐光の三角標が、うつくしく立っていたのです。
遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、
近いものは青白く少しかすんで、あるいは三角形、あるいは四辺形、
あるいは電や鎖の形、さまざまにならんで、野原いっぱいに光っているのでした。
「銀河鉄道の夜」(宮沢賢治)第13話より抜粋


銀河鉄道の夜-第16話

カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌にひろげ、
指できしきしさせながら、夢のように言っているのでした。
「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている」
「そうだ」
どこでぼくは、そんなことを習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。
「銀河鉄道の夜」(宮沢賢治)第16話より抜粋


銀河鉄道の夜-第28話

私たちはかたまって、もうすっかり覚悟して、この人たち二人を抱いて、
浮かべるだけは浮かぼうと船の沈むのを待っていました。
誰が投げたかライフヴイが一つ飛んで来ましたけれども
すべってずうっと向こうへ行ってしまいました。
私は一生けん命で甲板の格子になったとこをはなして、
三人それにしっかりとりつきました。
どこからともなく三〇六番の声があがりました。
たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。
そのときにわかに大きな音がして私たちは水に落ち、
もう渦にはいったと思いながらしっかりこの人たちをだいて、
それからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。
「銀河鉄道の夜」(宮沢賢治)第28話より抜粋

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